思うこと

巷で話題の「4Kテレビ」について考える。

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今、家電量販店のテレビ売り場では、ほぼ「4Kテレビ」を販売しています。「2K(フルハイビジョン)テレビ」は単身者向けの廉価版のみでひっそりとした現状です。

今年の12月からBSで4K放送が始まりますが、今持っている「4Kテレビ」だけでは視聴できず、「4Kチューナー」と「4K対応アンテナ」の追加購入が必要になるそうです。また地上波の4K化についてはまだ開始時期すら決まっていない状況です。となると現在4Kで楽しめるのはAmazonTVなどの限られたネット放送、PS4などのゲーム機(対応の上位機種)、PCで4K以上の解像度を持った機種での使用くらいしか出来ません。PCでの接続が一番簡単だと思いますが、僕の環境ではDELLの15インチタイプは対応しているようですが、ASUSのネットノートはフルハイビジョン出力が上限なので使えません。

と考えると現状では急いで必要では無いような気がします。唯一TV内で4K相当の映像に自動で変換(アップコンバート)の機能で少し良くすることは可能なようですが、あくまでも疑似的なものでしかありません。新しいものに興味はありますが、もう少し成熟するまで購入は待ちなのかと思っています。

日本を支えるサラリーマンは好きなお酒も選べないのか?

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最近は、撮影記録かカメラ機材の事しかここで書くことはありませんが、最近気になったことを書いています。先日、飲みに行った時の事です。このお店はビールは30種類くらい、ウイスキーは20種類くらい、カクテルは100種類くらいあるお店でした。僕は酒豪と言うほどの酒好きではありませんが、たしなむ程度の美味しいお酒は大好きです。

その日はサラリーマンの団体が何組が入っていましたが、8人組はちょっと偉い感じの人が白州(サントリーのウイスキーの銘柄)のハイボールを7つ、お姉さんが1人だけレモンサワー、もう一組の10人組は同じく偉い感じの人が山崎(こちらもサントリーのウイスキーの銘柄)の水割りを頼んだら他の全員が同じものでした。かたや7人組のアメリカ人と思われる団体は7名がすべて別の飲み物を注文しました。アメリカやヨーロッパ圏の人たちは個人主義だということもありますが、日本人の「自己主張のなさ」と「右に習え」にちょっと違和感を覚えました。もしかしたら会社の経費での飲み会かも知れません。そうだとしたら自由に好きなものを注文出来ないのかも知れません。でもこれは日本人の器質的なものである気がします。でもやっぱり僕には不自然さが拭えませんでした。

「かつ丼」と「とんかつ定食」の価格差について思うこと。

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僕は「かつ丼」が好きでよく食べに行きます。そこでいつも思うことがあります。しかし、そういうもんなんだと思って文章にすることはありませんでした。今日はどうしても気になって書いてみることにしました。

「かつ丼」と「とんかつ定食」だいたいのお店で「かつ丼」の方が安い値段設定になっています。どちらも「とんかつ」を揚げるところまでは同じだと思うのですが、「かつ丼」だと卵でとじる手間と卵の代金がかるはずですが価格は安いです。「とんかつ定食」だとキャベツは付いていますが、卵をとじる手間よりキャベツを並べる方が簡単だと思います。そう考えるとどうして安いのか謎です。定食だとお皿をいっぱい使うので洗う手間があるという説もありますが、それを考慮しても「かつ丼」のお得感が否めません。

良いものが安いことは消費者としては嬉しいですが、どうしてこういう価格設定なのかずっと謎です。誰かこの問題を解決できる方が居たらぜひそのからくりを教えて頂きたいです。

一定クオリティーの写真を量産するために。

日々写真を撮っていると撮影を頼まれたり、こちらからの依頼を承諾して頂いたりという事が多くあります。最初から知り合いの方もいますが、初めて撮影する方も多くいます。初めての方が星の数ほどいるカメラマンの中から僕を選ぶには理由があるはずです。撮影の日程が合うかどうかが一番大きな要素ではありますが、過去に撮った写真を見て決めていただく事が多いのでは無いかと思っています。実際僕も被写体の方を選ぶ際に過去の写真を参考にさせて頂き、撮影するか否かを決めています。

写真をやっていると「奇跡の一枚」が出ることがあります。偶然に好条件が揃って自分の実力の何倍も良い写真が撮れることを指します。ただ言葉通り奇跡なのでそれが起こるのは何万分の一とかいう低い確率です。一応、自称カメラマンと名乗るからにはこの奇跡に頼るのでは無く、ある程度実力で一定クオリティーを出せる技術を身につける努力が必要だと思います。僕に写真を教えてくれた一人のカメラマンさんが「撮影した枚数がそのまま身になる。」と言っていました。とにかく言うより実践しろという意味で、理屈を言うよりいっぱい写真を撮って体で覚えろということなんだと思います。

後は、たくさん撮って「勝ちパターン」を増やすことも大事だと思っています。人物を撮っているとモデルさんの性質、容姿など色々ではありますが、どんな方でもこう撮れば上手く撮れるという角度、構図、ポーズなどを見つけることが出来ます。最初は少ししかありませんがだんだんとパターンが増えてきます。僕も十数種類はそのパターンを持っています。これを増やしていくことにより常に安定した写真のクオリティーを発揮できると思っています。まだまだ僕は十数種類しか持ち合わせていませんのでさらにこれを増やしていけるように頑張りたいと思います。

「お客様は神様です」とは言えない話!

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「お客様は神様です」と検索すると最初に出てくるのは、三波春夫さんです。若い方は知らないと思いますが、有名な演歌歌手の方ですね。ご本人は崇高な理念があった言われた言葉ですが、今はクレーマーの言いがかりで使われることの方が多いようで大変な残念な事です。

正直、会社やお店にとって「お客様」はいなければ商売が成り立ちませんが、「お客様」とは「人」であれば誰でもそう呼べるわけではありません。提供するサービスに対する対価を払って初めて「お客様」と呼べるわけです。

商売でやっている以上、対価が払われない、もしくは対価に見合わない、他の「お客様」に迷惑な人は邪魔者以外でも何者でもありません。特に他の「お客様」に迷惑な場合は厄介です。見られていますから邪険に扱えば角が立つし、毅然とした態度で臨まなければ会社やお店の威厳に関わります。

その手の文句をつけてくるタイプの人というのは、基本的に毅然とした態度で追い払う方が得策だと思います。1円の足しにもならないくせに対応しなければいけないだけで企業としては無駄なのです。その手間をそんな輩にかけるくらいなら優良な「お客様」により良いサービスを提供することを考えた方がよほど賢明です。まず、お前は「客」で無いとわからせて早々に追い払う、これが一番です。

朝から非常識な人たちを見た

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僕は最近は夜型の生活を送っているので朝食を食べないことが多いです。しかし、土日祝はイベントの仕事もあるので朝食を食べてから会場に行きます。

朝早いので選択肢がハンバーガー屋か牛丼屋しかないのがちょっと残念です。今日はご飯な気分だったので牛丼屋に行きました。その店は小さいこともあり注文をしてから席を取るというルールでやっています。

良い大人はそのルールに従って列に並んでいるのですが、若い女性2人組が列に並ばずいきなりトイレに入って行きました。小さいお店なのでトイレも1つしかなく1人がしている間はもう1人が待っていて、最初の人が戻ってくると次の人が入るという状況でした。2人とも用を足すと注文もせずにお店を出ていきました。

人間なのでトイレに行くのは普通のことなので、どうこう言うつもりはありませんが、飲食店のトイレを断りもせずに使うことがまず非常識だと思いますし、そのまま注文もせずに店を出るとか僕には考えられません。

駅のトイレを使うなり、他の公共のトイレを使うなり、お店の方に一声かけて使うなり、使った後に何か注文するなり、なにかしら大人の対応というのは考えつかなかったのでしょうか?

トイレだって水代も電気代も掛かるのでお店の立場から考えればどうしても使って頂きたいものでありません。それでも設置しないわけにはいかないので仕方ないということを考えないのでしょうか?

少し考えればわかることだと思いますので、もう少し物事を考えて生活していただけたらよろしいかと思いました。

「カメラマンは違うぞ!」という差別化の必要性。

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最近のカメラは高性能化が進みオートで撮れば誰でも綺麗に撮れるように出来ています。2013年、「Chicago Sun-Times」紙は、写真部員を全員解雇し、代わりに記者自身に「iPhone」で写真を撮影させるという方針を取りました。もはやプロのカメラマンを雇わないという事です。もちろん「iPhone」で全ての写真が網羅出来るわけではありませんが、簡単な取材ならこれでも充分といえるでしょう。

流石にスタジオやポートレート撮影では「iPhone」だと見劣りするかとは思いますが、初心者向きのデジタル一眼レフカメラでも充分な画質を得ることは可能です。オートで撮ればだいたいこんなもんだろうという写真は誰でも撮れてしまう時代です。

最近では、ストロボのワイヤレス化や多灯化も安価で簡単に出来るので、持っている機材だけで差別化も難しい時代になって来ていると思います。

そんな中でカメラマンと名乗るのはなかなか難しい事です。僕はドラムをやっていますが、ドラムをたたける人はそうそう多く無いので、「凄いね」と比較的すぐに言われますが、写真を撮れるだけで「凄い」とは言われません。

そんな中で「カメラマンは違うぞ!」と思わせるためには、一味違うものを残さなければなりません。構図だったり、バランスだったり、光の微調整だったり、素人には真似出来ない何かが必要です。日々そういうものを探して撮っていますが、なかなか難しいです。でも何か「違い」や「差別化」が出せるように頑張って行きたいと思います。

関係ない事とか興味ない事とやってる場合じゃない。

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最近は「モデル撮影をメイン」に「撮影イベントの運営関与」などをしている日々です。「ドラム」は最近どこかに行ってしまっていますが、なんちゃって制作寄りの事をしています。

現場主義で「写真を撮ったり」、「ドラムをたたいたり」という事が好きなのですが、そうでない話が入ってくることもあります。撮影だとモデルさんがいて、ヘアメイクさんがいて、バンドだとメンバーがいて、マネージャ―的なスタンスの方がいて、とか内容が大きくなればなるほど多くの人が関わる事になります。ただ自分が何をやりたいのかと思った時、「写真を撮ったり」、「ドラムをたたいたり」はやりたい事ですが、他の事にはあまり興味がそそられません。

僕がもっと若ければそういう興味のない事でも首を突っ込んでいる暇もありますが、今はそんな事をしている時間が惜しいというのが本音です。もちろんそういった付帯事項も無ければ成り立たないこともありますので全く無視してしまうというわけではありませんが、そっちがメインで現場がおろそかという状況は本気で避けたいです。

耽美(たんび)という表現が美しい

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先日ご一緒したモデルさんが良く使っていたのが耽美(たんび)という言葉でした。撮影した写真が耽美であるかということを気にかけ、それを口にしていました。ただ一般的に良く使われる言葉では無いので関連事項を含め意味を紹介します。

【耽美・たんび】
美を最高の価値として、ひたすらその世界に心を傾け陶酔すること。

【耽美主義・たんびしゅぎ】
美に最上の価値を認め、それを唯一の目的とする、芸術や生活上の立場。19世紀後半、フランス・イギリスを中心に興ったもので、ボードレール・ワイルドなどが代表的。日本では明治末期に森鴎外・上田敏によって紹介され、雑誌「スバル」「三田文学」や第二次「新思潮」によった永井荷風・谷崎潤一郎らに代表される。唯美主義。

【耽美派・たんびは】
耽美主義を奉じる一派。唯美派。

普段、写真を撮っていると女性なら可愛い、セクシー、色っぽい、男性ならカッコいいなどと表現することが多いですが、耽美というととても芸術的で崇高な響きがします。言葉を使う人のキャラクターにも寄りますが、とても美しい言葉だと思いました。

運は貯められる!?

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僕は「重版出来」というドラマを見ていますが、五話に出てくる高田純次さん演じる出版社の社長の生き方が素晴らしいと思いました。

趣味は散歩と掃除。家は借家、車も持たない。贅沢はせず、必要最低限の生活。そして常に善行を積む生活をしています。その理由は、「もし運が貯められるなら私は仕事で勝ちたい。その為に運を貯め続けるのです。」というものでした。

ここぞという時のために、善行を積み、本当に必要な時に運が溜まっている状態にするという事なんだと思います。

僕は好き勝手にやっていて、素晴らしい行いなど全く出来ていないと思いますが、今からでもそういう生活を送れば、失った運を取り戻せるかなと少し考えてしまいました。

韓国ドラマ「パンチ〜余命6ヶ月の奇跡〜」

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僕は意外と韓国ドラマが好きでよく見ています。テレビ東京の「韓流プレミア」というドラマ枠は月~金までやっていて、ほぼ欠かさず録画して見ています。韓国ドラマは展開が早く、急展開することが多いので次の話がとても気になる事が多いです。次の話が翌日見られるのはせっかちな僕向きかも知れません。4月14日からはじまったのが、「パンチ〜余命6ヶ月の奇跡〜」というドラマです。まだ3話くらいまでしか見れていないのですが、興味深い話です。公式サイトからの引用ですが、簡単なドラマの紹介を記載します。

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不正に手を染める事もいとわず、
仕事に邁進してきた野心家の敏腕検事が
ある日突然、余命6ヶ月の宣告を受けた。

命の期限を知った時、
男は今までの人生を振り返り、何を思い、
何を正そうとするのか?

1人の男の愛と正義、元妻との絆を描く究極の感動作!
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余命宣告と言うとおじいさんになってからされるものだと思っていましたが、主人公は若くして余命宣告されるところから話は始まります。まだ3話までしか見ていませんのでどう展開していくのか判りませんが、自分にもしその宣告をされたらどうするのだろうと考えさせられます。

自分が余命宣告をもし受けたとしたらと考えても想像が出来ません。極々リアルな話だと今決まっている撮影日程のいつ以降は撮影出来ないかも知れないということですね。その時、僕は何を優先させるんでしょうか?いやそれ以前に撮影なんかしている場合ではないかも知れません。まあ漠然としか考え付きません。

今後、ドラマはどう展開していくのか判りません。しかし、このテーマを見た時、人生には終わりがあるわけですから1日1日を大事にしなければならないと改めて考えなおす事が出来ました。

目標があれば色々頑張れるということ

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皆さん人生の目標はありますか?私は多きな目標がありますと言えたら良いのですが、さほど大きな目標はありません。ただ今は写真を少しでも上手くなりたいので日々時間が許せば撮影に行こうと思っています。

それもただ考えも無しにやっていると上達はしませんので、次回はこんなことをやってみようとか、この機材を違うアプローチで使ってみようとか小さな目標を立てながらやっています。ただ被写体という相手もいることなので、毎回その小さな目標を必ず達成しているわけでは無いのが現実です。しかし、それは次回の課題として持ち越せるので無駄にはなりません。

そんな中で今、中目標にしているのが5月後半に計画しているロケ撮影です。最近はスタジオが多いので白ホリでは少しは撮れるようになって来たので、次は「屋外撮影での技術の向上」を目指しています。ある意味こっちが大目標で、その過程の中目標がこのロケになるのかも知れません。

ロケなので多くの機材を持ち込まずになるべく小さな機材でより良い写真を撮れるように考えています。また、ロケ撮影なので移動も視野に入れて考えなければ行けません。撮影をしたら移動して次の撮影というスタイルになると思うのでその一連の流れをスムーズに行えることも大事な要素となります。

先日の撮影では、その日のシュミレーションを兼ねて当日使おうとしている機材と装備と全く同じ仕様で撮影をしてみました。実際にやってみると問題点も多く、あと数回はこのシュミレーションが必要な気がしています。

たぶんその日の撮影が特別になるわけでは無いと思います。今までの積み重ねが僕の今の実力ですので、あと1か月ちょっとで急に実力が飛躍的に伸びるわけではありません。でもそうやって小さくても目標を持って続けていくことでモチベーションを保ちながら色々頑張れるのでは無いかと思っています。

あけましておめでとうございます。

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いよいよ2016年もあけましたね。年明け早々歯痛の私ですが、今年も試練のようで先行き恐ろしい予感がしています。

昨年は、とにかく撮影をたくさんさせて頂きました。屋外ポトレ4回、室内ポトレ88回の計94回でした。それ以外にも多くの撮影をしましたので全本数は今となってはわかりませんが、相当数撮らせて頂いたと思います。

昨年は、モノブロックを買い換えたり、今までのSONY以外にNikon、Canonのカメラも導入してみたりと機材関連も充実してきました。今考えると「あっという間」でしたが、ブログを見直すと色々な事がありました。書いてないことも書けないことも合わせると本当に色々あったと思います。

今年は撮影活動を中心に新しく企画していることもあり、飛躍の年に出来たらと思っています。また皆様のお力を借りての1年になると思いますが、今後ともお引き立ての程よろしくお願い申し上げます。

女性の方が手厳しいと思った話。

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僕は最近、写真を多く撮っています。中でも女性を撮る機会が多いのですが、そんな中で「女性の方が手厳しい」と思った事柄が2つほどあったので今日はそれを紹介しようと思います。

1つ目は、僕の主戦場が取材撮影だったころの話です。初期は1人で取材に行くことが多かったのですが、後期は大きな会場の取材が多かったのでヘルプのカメラマンに同行してもらうことが多くなっていました。あるカメラマンから紹介してもらったカメラマンを目指している女子大学生を同行することが多くなりました。勉強がてら僕の取材撮影のほぼすべてに同行し手伝ってくれました。撮影の合間に話していると「私、綺麗なものしか撮りたくない。」と言い出しました。大きなファッションショーによく連れて行ったせいか、美しい人を撮らせすぎたからかも知れません。「そりゃ俺もそうだよ。」と心の中で僕も叫びましたが、口に出して言ってしまうところが若いというか手厳しいというか、ビックリでした。

2つ目は、モデルさんなんですが、小さくて可愛らしい見た目と裏腹に口が悪いというか、ハッキリ物事を言うというか感じの方です。あの「デブと一緒だと●●」、「あの子はブス」など平気で言ってしまいます。本人が可愛いので文句は無いのですがストレート過ぎていつもコメントが返しづらいです。僕も心の中では「デブ、ブスは撮りたくない。」とは思いますが、そういう人もそれなりに見えるように撮るのも仕事だと思ってやっています。

まあ、同性同士だから厳しい見方をするのかも知れませんが、「女」って怖いと思う出来事です。

PS>写真は女性カメラマンで検索したら出て来た拾いものです。イメージ写真のつもりでしたが、なんか違う気もします。

アーティストには自分にしかわからないこだわりがある。

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今日、ニュースで興味深い記事をみつけたのでこれについて書いてみようと思います。詳細は下記の記事を参照してもらいたいと思います。

大分ザビエル像 制作者が違和感「イメージ違う」作り直し

概要をざっくり書くと「大分市などでキリスト教を布教したザビエル像の設置を市が計画し、それをある作家が請負い3月に除幕された。しかし作家はその仕上げに納得がいかず私財数百万を投じて改めて作り直し、10月に市に交換を申し出た。」という内容。テレビでも報じられており、実際にその差は光沢の感じが少し違うくらいで素人には解らないレベルのものであった。作家本人のコメントも「一般の人が見ても分からない。あえて言えば色合いや肌合いが微妙に変わる。今回の出来は満足です。」という内容でした。

これって普段写真を撮っていても思うことと通じるなと思って掲載させて頂きました。僕は人物の肌の質感や綺麗さにこだわって撮影しているので、この作家さんの「色合いや肌合いが微妙に変わる。」というこの「微妙」はとても共感出来るところがあります。

やっぱりこの「微妙な差」にこだわれるかと言うのは、作品を作る者、つまりアーティストとして大事なのではないかと思いました。

本番では世界で一番うまいと思ってやれ!

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「聖飢魔II」のデーモン閣下の名言で僕の好きな言葉があります。「世界で一番へたくそだと思って練習し、本番では世界で一番うまいと思って演奏しろ。」というものです。表現者として適格な言葉だと思います。

ドラムでも写真でも自分の中で今日は上手くいっていないと感じる日があります。音楽だったらライブに脚を運んでくれたお客さん、写真だったら時間を作って来てくれたモデルさんがいて、その人に取ってその日は大切な1日です。でも僕の不調を知られてテンションを下げてしまったらそれは表現者として最低です。

また仮にその日が不調だったとしてもそれを口に出したり、文章に書いたりとかはするべきことではありません。最近はTwitterやFacebookなど思ったことを簡単に書き込める便利なツールがあります。ポジティブなことを書くことも簡単ですが、それと同時にネガティブなことを書くのも簡単です。たまに「もうカメラなんてやめてしまおう」とか「今日の撮影は最低だった」とかネガティブなものを見かけることがあります。僕から言わせれば「やめたけやめちまえ」という感想しかありません。ドラムでもカメラでも上に行きたい人はたくさんいます。でも実際に上に行ってプロになれたり評価される人は、一握りです。正直そんなネガティブな人がやろうがやめようが他人にはどうでもいい話にしかなりません。

そういう時には、デーモン閣下の名言を思い出すべきです。愚痴を言ったり、書いたりしている暇があるなら「世界で一番へたくそだと思って練習し、本番では世界で一番うまいと思って演奏しろ。」ってことです。

何も作れない奴、約束を守れない奴はやっぱりダメ人間!

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僕はドラムとカメラをやっています。どちらも物事を創造するタイプのものです。そう書くと大袈裟に聞こえますが、ただこなしさえすれば良い事では無いことは確かです。

作品を作るということは事務的な地味な段取りから、実際の作品の方向性や納期など考えなければならないことが結構多いです。一見、どちらも派手に見えますが実際にやっていることは極めて地味で地道な作業です。しかしそういうものの積み重ねが、良いライブや音源、写真などに繋がるわけです。実際に演奏している姿や綺麗なお姉さんを撮影しているところだけを見て凄いと思う人がいるかも知れませんが、それは断片的な一部でしかありません。そんなジレンマを抱えながら作品を作って行きます。そういうことが出来ずに一見派手な部分だけを見ている人は結果何も作ることが出来ません。

ドラムの場合、バンドのメンバーだったり運営スタッフなど、カメラの場合は、モデルさんやスタイリストさんなど色々な方々が関わってきます。そういう人たちと日程調整や宿題の約束をしながら作業を進めて行きます。そんな作業の中にはお金にならなかったり、結果良い作品に繋がらないことも多々あります。でもそうなる可能性があるからと言って約束を破っていいわけではありません。試行錯誤の結果上手くいかないこともありますが、勝手な思い込みで約束を破れば他の人たちに迷惑がかかります。結果、納期が守れないなどユーザー様に作品を届けられないという最悪のケースに陥ります。表現者として作品を出せないということは、表現者失格としか言いようがありません。

でも残念ながらそんな当たり前なことが出来ない人たちは多くいます。若いから仕方ない、業界を知らないから仕方ないというのありますが、それで通るのは本当に最初だけです。やっぱり最低限の事が出来ない人は事情がどうあれダメ人間なんだと思います。

100%を知ったら60%でも許せなくなる。

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先日、久しぶりにバンドでスタジオ入りしました。ここのところドラムから離れてしまっていたので、腕がなまっている感じが否めませんでした。腕はなまっても耳は覚えているので、自分の手が動かない事にいらいらしてしまいました。あと全盛期を100%としたら今の仕上がりは60%程度だと思います。少しやればある程度は戻せるとは思うのですが、まだ道は遠い気がします。

写真の方だとスタジオで自分の機材で100%の完全環境に対して屋外で風もあってライトも電池式でという制限有りの制限環境も60%くらいに落ちるかと思います。どちらもそうですが、100%と60%ではプレイヤーもしくは撮影者としてはかなりやりにくい環境であるいうことは間違いありません。もちろんどこを100%と考えるかの個人差もあるかと思いますが、自分にとってどうかと考えればすぐわかると思います。

100%の状況を知っていると60%だとなかなか満足が行きません。でも条件が悪くなっても100%を目指そうとするものです。物理的に60%でも練習や工夫で少しでも100%に近付けたらいいと思って頑張りたいと思います。

文字コミュニケーションでもわかる「ダメ人間度」

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最近、EメールやLINE、Skypeなど様々な文字コミュニケーションツールが増えています。仕事でもプライベートでも色々と使う機会が多いかと思います。このようなツールでも人間のまめさはすぐにわかるものです。何分以内に必ず返事がくる人もいれば、数日後の返信だったり、中には返ってこない人もいます。それぞれ人の性格とデジタルの得意、不得意もあると思いますので、それでけで良し悪しを決めることは出来ませんが、簡単な「了解」や「OK」、もしくはスタンプだけでも良いので返事が欲しいと思うのが人情だと思います。

前置きはこの辺にして、最近、文字コミュニケーションツールでイラッとしたことをいくつか書いてみようと思います。まず1つ目は問い合わせフォームからのメールなのですが、チェックボックスで選択されたチェックが入っているだけで本文がありませんでした。いつ何をしたいのかとの記載が無ければ何を回答するかわからないのですが、そういうことを考えていないんでしょうか?その後、記載が無かったこととカメラマンの募集だったので、過去に撮った写真のデータを送るように返信したところ猫や風景の写真が送られて来ました。人物撮影のレベルを見て頼むか頼まないか決めるのに主旨をわかっていないことが明白だったのでこの人に頼むことは無いと思います。

2つ目は、今近くにいるので参加したいという問い合わせがあり、「参加可能です」という返事とともにそれに関するWEBページのURLを送ったのですが、どこでやるんですか?費用はかかるんですか?と立て続けに質問が来ました。最初のメールの内容からこの人はこちらの主旨と合わないだろうと思ってはいたのですが、送ったURLを見ていないことは明白でした。

文字コミュニケーションツールでも使っているのは人間です。送ったものを見ないとか、主旨を読み取れないで質問してくるというのは、リアルな世界では人の話を聞いていないのと等しいです。人の話を聞かないのは普通にダメ人間だと思います。それは、口頭でも文章でも同じことです。携帯やスマホの普及で文字コミュニケーションツールは誰でも持っている時代になりましたが、うまく使いこなせないとダメ人間であることを簡単に露呈させてしまいます。さらに文字は口頭と違って再度読み返すことが出来るので、読み返されてさらにダメな奴だということに成りかねないので十分注意して使う必要があるのだなと改めて感じました。

インターネットが無かった時代に戻れるのか?

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今は、インターネットが当たり前の時代になっています。スマホの普及がその一翼を担っていますが、今や全くネット環境が無い人はいないのでは無いかと思います。僕はインターネットは早い時点で導入していましたが、当時はこんなに普及するとは思いませんでした。

最近、韓国の昔の医者のドラマを見ていますが、昔はネットが無いので早い情報は早馬で伝えていました。馬がいくら早くてもTwitterやLINEより速く情報を伝えることは出来ません。僕はネットニュースの会社にいたこともあり、情報とスピードについてはかなり敏感な方だと思います。

それが、今なくなってしまったらどうなるのでしょうか?今となっては想像することも出来ません。
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